2013年2月22日金曜日

最近の実験 PartI 「こども科学館」編

 植物分子細胞生物学の基礎的研究、というと、その道の人たちがぱっと思い浮かべるのは、シロイヌナズナ(写真はこちら)という植物です。いわゆる、ぺんぺん草、とよばれる、ナズナの一種。
 さえない見かけではあるけれど、葉っぱも茎も花もある陸上高等植物、ゲノムサイズが小さく、自家受粉で繁殖し、植物の生長が早い、など、実験科学者にとって大変都合の良い性質をたくさん持つことから、この植物は、植物分子生物学に一番頻度高く使われるモデル植物・・・・ちょうど、動物のマウスみたいな・・・・・・として使われているわけです。
 私自身、この、シロイヌナズナや、タバコ(ゲノム配列こそ解読されていないが、実験植物として多用されている)等を使って研究をしてきたのですが、現在の職場の資源植物科学研究所に着任するのをきっかけに、ちょっと新しいことをやってみたくなりました。
 で、目を付けたのが、藻類の一種、ヘテロシグマ。これまで、『ある種の植物プランクトン』と書いてきたのが、これ、単細胞で、光合成によってエネルギーを得る独立栄養藻です。つまり、形は違えど、これも植物。
なんでそれに目を付けたの?という話はとりあえずおいておいて、今日は、この生物を使った実験のいろいろについて。

 ヘテロシグマの培養は、こんな風にしています。
 赤い丸いふたのプラスチックのボトルは、動物細胞の培養によく使われる、培養フラスコ。ふたにぷつぷつと穴があいてるのは、通気のため。動物細胞でも、血球のような『浮遊細胞』を買うのに便利なもので、昔々、私が大学院生だったころによく使っていたのを思い出し、ヘテロシグマを飼うのにも使えないかと試してみたところ、調子がよかったのでつかっています。中に入っている『培養液』は、人工海水。早い話がいろいろなイオンなどが入っている塩水です。で、一日12時間白色光に当てて育てています。
 培養液がちょっと茶色っぽく見えますが、これが、ヘテロシグマの色。葉緑体は持っていますが、緑色ではなく、褐色をしています。藻類の培養は普通であれば振盪台の上で、ガシャガシャ振りながら・恒温で・光を当てながら行うものですが、ヘテロシグマは、酸素だの光だのを求めて自分で泳いでくれるので、振盪する必要はありません。培養液は人工海水、おいておくだけで増える、しかも増殖が早い、というあたり、安上がりで手がかからず大変気に入っております。

もやっとした褐色のわかめみたいなの
がヘテロシグマを集めたものです。
さて、このヘテロシグマ、いつもは海水中をふるふると泳ぎ回っていますが(動画をのせようとしたのですが、なぜかうまくいきません。そのうちに。)、私としては、これをたくさん集めて実験に使いたい。しかし、培養細胞を使う人間が従う常法どおり、ヘテロシグマを遠心分離器にかけて集めようとすると・・・・・・集まらない。細胞自身が自分で泳げることもあるのでしょうが、そもそも海水という比重の重い培養液中にいるので、遠心分離をしようとしても、細胞がぷかぷか浮いたままで、下に集まってきてくれないのです。
 これを解消するには・・・・・なんと、真水を加えて、海水を薄めればよい。真水を加えれば、『培養液』は2倍に薄められ、当然比重も小さくなります。水を加えても、細胞の比重は変わらないわけですから、落ちてきやすくなるというわけ。幸いなことに、ヘテロシグマは浸透圧の変化に強く、こんな荒業をかけても破裂したりしないのがエライところです。とはいえ、考えてみれば、遠心分離で細胞を集める、というのは、細胞を小さい体積に濃縮する、ということなのに、それをするには一度薄めるって・・・・・ヘンな話。
 ただ、この方法だと、細胞同士がねとねととくっついて、細胞一つ一つを傷つけてしまっている気配が濃厚。そのまま新しい人工海水を加えれば、1日後には元気になっているのですが・・・・・。回収後すぐさま健康な細胞をたくさん使って実験したいこともゆくゆくはあると思うので、別の方法も試しているところです。



上の溶液をヘテロシグマごと液体窒素にすこし
ずつ注ぐと、こんな風に丸くなって凍りつきま
す。なんだか、天かすあげているみたいです。
で、こうやって集めた細胞から、遺伝子やウイルスを抽出したり、したい。これが植物の葉のような組織であれば、指でつまんで、液体窒素に放りこんで凍らせて一気に粉砕。超低温で凍らせた植物組織は、薄い薄いガラス板のように、ぱりぱりぱり・・・と、いとも簡単に砕けます。同じことを、ヘテロシグマでもやりたい。でも、ヘテロシグマは、ねとねととチューブにへばりついてしまい、細胞だけを取り出すのが難しい。どうしても、培養液=海水に懸濁したものを扱うことになります。で、ヘテロシグマと海水を容器に入れて、容器ごと液体窒素で凍らせる・・・・・・と、今度は容器から取り出せない!凍りついちゃいますからね。プラスチックの容器を砕いて、なんとかかんとか取り出しても、固く大きな氷になってしまい、扱いづらい。

まるくころころしたものが、凍らせた人工
海水+ヘテロシグマ
・・・・・というわけで、とうとうこんな荒業に出ることに。
 ステンレスのボウルに液体窒素をいれて、ヘテロシグマを懸濁した海水ごと、少しずつ振り入れて、細胞懸濁液をしずくとして凍らせる。透明の液体が液体窒素。ふつふつ煮えておりますが、なんと温度は‐196℃。海水とヘテロシグマの混合物を、煮えたぎる液体窒素の中で『ゆでる』と、あっという間に凍結してかたまりに・・・・。

 結構うまくいきました。

 というわけで、今度からこれで行こう。


 なんだか、「こども科学館」的実験ばかり書きましたが、こういうこともへて、大発見!につながる・・・・ハズ。
 次回は、もう少し「大人の科学」な、「ヘテロシグマからのウイルス抽出」についてお目にかけたいと思います。

 

2013年2月15日金曜日

新しいラボ・・・・・を作るための、最初の壁

2015年3月22日 以前追加しました『2013年12月22日 付け足し情報』を削除しました。
 
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 新ラボ立ち上げに張り切って取り掛かった新米助教(ワタクシ)の前に立ちはだかった壁とは・・・「予算」。
 はっは、おカネのもんだいでした。

 理学実験系の研究には、多かれ少なかれおカネがかかります。様々な分野があり、上を見ればきりがないにしろ、私が取り組んでいるような、ささやかな植物分子細胞生物学にも、結構おカネはかかるのです。
2011年9月1日。基本的な実験台と水道・ガス・電気の設備の
ほかは、本当に何もなかった当グループの実験室。部屋が、
まるで新車みたいなにおいがしたのを思い出します。
 一つの分子細胞生物学のラボを立ち上げようと思うと、何が何でも必要なもの・・・いわば、台所の『鍋釜包丁』が多くあります。たとえば、冷却卓上遠心機:65万円、遺伝子を増幅するためのサーマルサイクラー:30万円、高圧蒸気滅菌器:50万円、無菌操作のためのクリーンベンチ:70万円、植物の研究をするのに必須な光源付恒温培養器:80万円、サンプル保存に必須な超低温冷凍庫:145万円。小さくなって遺伝子用電気泳動装置:5万円、タンパク質用電気泳動装置:12万円、普通の家庭用冷蔵冷凍庫:10万円。液体窒素をよく使うのですが、この保存タンクが12万円、危険な薬品をしまうための薬品庫が8万円、pHメーター7万円、上皿秤8万円、ここまでで、〆て502万円。すべて、破格バーゲン品ばかり。細かい数値を覚えているところが、これら必需品を買い揃えていた当時の執念を見せつけますね。

 さらに細かいものを上げてみれば、分子生物学の実験では、サンプルを37℃だの、55℃だの、16℃だのと言った温度で一定時間おいておくような操作が必要なのですが、こういう小さな器具(恒温槽)も一台5万円ぐらいします。小型卓上振盪器もよく使うものですが、これも45万円。鍋釜、ならぬ、箸、ぐらいに当たる微量液体測定ピペット(ピペットマン)も、一人の研究者が作業をするためには最低3-4種必要で、これも占めて10万円。もしも3人が実験するならば、おお、なんと『箸』だけで30万円ちかい!
 加えて、耐薬品・耐熱ガラス器具に始まり、試験管立だのプラスチック製使い捨てチューブだの、培養用ピペットだの満足に作業ができるところまでそろえ、さらに仕事用コンピューターだの、プリンターだのソフトウェアだのを購入し・・・・・、不便を感じずに研究できるまでにもっていくために必要な経費は、ま、700万円は下りません。これらは、本当に最低限中の最低限。実際に新しい現象に着目して、遺伝子を単離したり、タンパク質を精製したり、あるいは植物の組織を蛍光顕微鏡や電子顕微鏡で観察したり、植物の粗抽出物を質量分析したり・・・・・・と、いろいろやればやるほど、ウン千万円の機械がいくらでも必要になります。(一般的に、このような高額な理化学機器は、大学や研究所であれば共用機器として購入・管理さることもありますし、殊に資源研は、「全国共同研究拠点」として国から特別な予算を獲得していることから、このような機器を多く所有しているので、その点では本当に恵まれています。)

 さらに、試薬。分子生物学用試薬というのも、値段は安いものから高いものまでいろいろあるのですが、たとえば、開闢わずか1年半の当研究室の冷蔵冷凍庫に入っている試薬だけを大雑把に見積もって、75万円程度。常温保存品も合わせれば、すでに150万円近くを試薬に使っています。実験によっては、比較的単純作業によるものは外注分析にだすことで省力化を図ります・・・つまり、一サンプルいくら、で、おカネがかかる。そして、当然といえば当然な、しかし盲点なのが、電気代。研究室の専有面積によって、電気代が課金されます。(ちなみに、本当だったら、一人っきりのスタートは人手も足りないので、人も雇いたいんです。とすると、人件費。これは大きい。最低で年間200万円。)
 で、私が頂いたスタートアップは200万円。プラス、運営費として1年めに110万円、2年目は90万円程度が支給されました(運営費に関しては、国立大学に勤務している助教一人にしては相当高額なことを申し添えます)。とはいえ、最初に書いた最低700万円の必要経費プラス試薬代、プラス外注費、プラス電気代・・・・には遠くまったく足りません。
 着任早々、私が最初にしたことは、所内の皆様全員にご挨拶&お願いメール。いわく、『ビーカーひとつでも、さびかけたピンセットでも、なんでも結構です、捨てるにはしのびないけれど、いらないなぁ・・・・・というものがありましたら、ぜひご一報ください!』。研究室立ち上げ中の研究者、というより、古物商です。

 新任の私に、皆さん大変親切にしてくださり、いろいろな小型機器を譲ってくださったり、これがなければ研究できない!というような基本的な機器を長期にわたって継続的に貸してくださったり。
 また、所長にご相談して、超低温冷凍庫と低温遠心機は他の研究グループと共同で利用するということで購入していただいたり。
 それでも、着任後一年の私の一番重要な仕事は、実験というよりも、それをはじめるための研究予算の獲得。必要な研究機器を購入するために、目を血走らせてカネの、いや、研究費の亡者状態、毎朝ラボについて最初の仕事は、コンピューターを立ち上げて、新しい研究助成金募集案内のチェック。いつもいつも研究助成金の申請書を書き続けておりました。

 これまでに、二つの私立財団から研究助成金をいただき、やっと人心地ついた今日この頃です。

2013年2月8日金曜日

研究室いろいろ


  当研究グループは、2011年秋に開設された新しいグループなわけですが、今回は異なるタイプの研究グループについての話。

 伝統的に、日本の大学にある実験系の理系研究室は、教授・助教授・助手(現在は、助教授は准教授、助手は助教と呼ばれることが多いですね)、という、異なった階層に属する複数の教官がいて、そこに学部・大学院の学生さんがはいってきて・・・という形で成り立ってきました。ふつうは教授が一番年長で、助手が一番年下、当然研究の経験の長さからみても教授は一番影響力がある存在。一つのグループの中でヒエラルキーが存在したわけです。
 で、たとえば教授が退官されれば准教授が教授に、助教が准教授に昇格して、新しく助教を採用する、という形をとってきました。最近は、准教授が教授にスライドアップする、という例は少なくなり、退任した教授の代わりは一般公募で探す、というのが多くなってきています。

 世界的に見て、この仕組みはあまり一般的ではありません。例えば、米国・欧州・豪州加えてシンガポールなどの多くの大学や研究所は、大概、Assistant Professor、つまり日本語の助教として比較的若い研究者を採用し、一つの新しい研究室を立ち上げさせます。で、この人が、その後、所属する大学や研究機関が提示する基準をクリアするたびに准教授・教授に昇進していくわけですが、昇進しても、その人の「下」に助教が入ってくることはありません。つまり、最初から最後まで一人の人が中心になって研究室を運営することになります。こういう、研究室を中心になって運営する人のことを、よくPrincipal investigatorとか、略してPIと呼びます。

 一人のPIが研究室を運営するのと、数人の人間が一緒に研究室を運営する、いわば従来の「日本型」と、どっちがいいか?といえば、研究者の好みによりますね。私は、数人で運営するよりもPIになりたかったのでそちらを選びましたが、当然、これはもう、一長一短です。

まず、教授・準教授・助教がいる「日本型」研究室では、研究室の知的・物的資産が年を経て脈々と受け継がれることが多い。たとえば、前の教授が退官する前に購入した超低温冷凍庫を今でも使っている、とか、この遺伝子は、前の教授が退官する前に、その人と一緒に研究していた大学院生がクローニングした遺伝子の面白い機能がわかったから、それを今でも代替わりした現教授が研究している、とか。研究の物的・知的資産が『世代』を経て受け継がれていくわけです。また、現在のことだけ見ても、複数の教官が一つのグループに属する場合、それぞれの研究テーマが多少異なっていても、試薬や機材を共有したり、情報交換を日常的にすることが可能。これは、とっても効率的ですよね。
 もちろん、マイナスもあり得て、いろいろな人がいて歴史が長い分、不要な歴史的遺物が蓄積しがち・・・・。責任の所在の明らかでないサンプルが超低温冷凍庫にいっぱい詰まっていて、いらないものばっかり出てくる、とか、気が付いてみたら、古くて使いもしない研究機器で部屋が埋め尽くされている、とか。それ以外にも、教官の間での人間関係のややこしさとか、これは、もう、個々の研究室によってお家事情がいろいろでしょう。

 これに対して、一人のPIが研究室を運営する場合には、ほとんどの場合、その人が着任するときには、空っぽの部屋と、多寡に差はあれどある程度の予算(スタートアップ)が用意され、着任したPIは自分の好みで研究室としてデザインしていくことになります。
 これだと、上記のような、責任の所在が明らかでないサンプルで冷凍庫が埋め尽くされる、というような事態にはつながるまでに、かなりの時間がかかります。そうなりかけても、解消するのが簡単、だって、一人の人間(だけ)が研究室の創成期から一貫しているわけで。教官の間の人間関係はややこしくなりようもない、だって、一人しかいないから(運営者であるPIが異常な人だと、それ以外のメンバーには致命的ですが・・・・・)。いろんな意味で、すっきりシンプルです。
 当然、マイナス面も。研究室・研究グループ、というのは、存在するだけで一定の手間がかかります。たとえば、研究所全体で対処すべき事柄に関する会議などがある場合、グループ代表がひとり出席すればよい、ということはままありますが、PI制であれば、PIは必ず会議に出席しなければならず、その分時間がとられます。これが、教授・准教授・助教の3人組ならば、(理屈で言えば)3分の1の負担ですむはずなのになぁ・・・・。研究自体にかかわってくることとして深刻なのは、研究についてある程度以上の知識を持っている人間が部屋に一人、ということは、研究についての突っ込んだ話し合いができにくい。早い話が、PIは孤独。そして、たぶん一番問題なのは、一人しかいないPIがある年研究予算を取り損ねたら、そのグループは一年間は決定的におカネがない!ということに。日本型ラボの3人組だったら、いつもの3分の2の予算でやりくり…ぐらいで済むところを、文無しになるのはキツイ、ですよね。
 ただ、PI制をとっている研究室は、小回りが利きやすい、という利点はあります。PIがしっかりした人ならば、働きやすいラボを作りやすい。私自身は、PI制で成り立っていた米国での下積み時代がなが~~いわけで(私めの履歴についてはこちら)、上のヒト=PIがやらなければならないこと、やっていいこととそうでないこと、というのは、その下で働くヒト、として身を持ってしっかりねっちり経験させていただきました。というわけで、晴れて自分がPIになった今、働きやすいラボを作るためのノウハウは、ばっちり身についてきた・・・・ハズ。

 で、こちらに着任後、新ラボ立ち上げに張り切って取り掛かったわけですが、ここに立ちはだかる最初の壁が・・・・・。というわけで、また来週。

2013年2月1日金曜日

2月1日 1か月のやきもきのあとで・・・・・

 目的の遺伝子断片を取ることに成功!

 これは、別にむずかしいことではまったくない・・・・のですが、それでもなかなかうまくいかないときって、あるものです。とりあえず、1か月間、やきもきと、ああでもない、こうでもない・・・と試行錯誤した後で、分子生物学屋さんに通じる言葉でいえば、「目的の遺伝子配列を汎用プラスミドにクローニングした」わけです。
 平たく言えば、ある生物が持つ遺伝子から、自分がほしいと思っている部分を遺伝子工学的手法を用いて取り出して精製して、その遺伝子配列を今後は量的に増幅しやすい形で手元に永久保存できるようにした、といったところです。

 テクニックを知っている人も、そうでない人も、ある生物の遺伝子配列が、完全に解読されている場合と、まったく解読されていない場合では、完全に解読されている場合のほうが、その遺伝子の部分断片を取ることが簡単である、といわれれば、納得しちゃいますよね。
 わかっているものの方が、わかっていないものよりも、はるかに扱いやすい 。
 そりゃそうだ。

 近年の遺伝子工学的技術の驚くような進歩のおかげで、未知の遺伝子配列の解読は、30年前に比べると、一万分の一かそれ以下の時間・コストしかかからなくなりました。これまでに実に多くの生物の遺伝子配列が完全に解読されてきているのですが、私が今手を染めている生物の遺伝子配列については、いまだ解読されておりません。

 実は、自分で解読中(最初の記事で書いた「新天地を地道に」開拓事業の一つです)。

 ではあるのですが、研究のほかの部分は進めたいので、解読と、その解析が終わるまで単にぼんやりと待ってはいられない。いまだ『ブラックボックス』な遺伝子全長から、自分のほしいものをうまいこと釣り上げたいわけです。

 遺伝子ブラックボックスからほしいものを取り出す、というテクニックはいくつかありますが、比較的安価で簡単にできる(はず)なのは、Polymerase chain reaction=PCRを用いた手法。これは、ある遺伝子配列の両側のほんの短い部分の配列だけがしっかりわかっていれば、配列が全く分からない内部配列ごと、量的に増幅して遺伝子を釣り上げるために利用できる、ありがたーい手法です。しかも、数時間しかかからない。必要な機器も、試薬の値段も(比較的)安い。

 しかし、私の場合、ある遺伝子配列の『上流部分』を取ってきたかった。つまり、未知の遺伝子配列にくっついた片側の配列(下流の配列)しか知らない状態なわけです。こういう場合には、遺伝子配列のもう片方、つまり全然わからない上流の端っこに、自分で作った人工的な遺伝子配列をちょこっとくっつけてやって、その最上流の人工的な遺伝子配列(当然、既知)と、下流の、私が情報を持っている配列の情報をもとに、PCRを用いてわかる部分もわからない部分も量的に増幅して釣り上げる、ということができます。

遺伝子の電気泳動。遺伝子片が、その大きさによって、
アガロース=分子ふるいのなかで電圧をかけた時の移動
度が違うことを利用して、遺伝子片を大きさによって分ける
方法です。左から2番目、白く一本出ている『バンド』が
目的にしていた遺伝子断片。一番左のたくさんバンドが出
ているのは、DNAサイズマーカー、それぞれ既知の大きさ
のDNA片で、これと比べて自分の遺伝子断片の大きさを
推測できます。
・・・・ご存知の方であれば、「つまり、Genome Walkingじゃないか」とお気づきと思います。そのとおり。
 世界中のいろんなラボで一般的に使われていて、必要な試薬だのなんだのをセットにして、キットとして商業的に売られているような手法なのですが、誰にでもできる割に、トラブるときにはトラブるんです。今回は、1か月かかりました。

 この、とってきた未知の遺伝子断片の配列を解析したら、片方には『下流の既知配列』が、もう片方(つまり、上流の一番端っこ)には、『自分で作った人工的な配列』が入っていて、真ん中にはよくわからない長い配列が入っている・・・・・、ということは、この、「真ん中のよくわからない長い配列」こそが、私がほしかったもののハズ!

 ここ3回続けて、金曜日には、「・・・うう、今週も、ほしい配列が釣れてこなかった・・・・」と週末を迎えていたので、すっきりさわやか、うれしいです!