2018年4月20日金曜日

真水と塩水

 久しぶりに、切実な話題。研究費の話題です。

 去年から折々にご報告しているチリでの赤潮プロジェクト。これは、いわゆる受託研究費、という分類になる研究費でサポートされています。
 結構細かく使途が決められ、しかも、策定の課程で、Funderから色々とツッコミが入ります。プロジェクトを推進する私たちの希望は案外否定される頻度高し。また、今後の変更にもかなりの審査が必要な様です。

 一方で、文科省からいただく科研費というのは、ルール違反しなければ、かなりの自由度が保証されています。研究の進捗に応じて、ある消耗品・備品・人件費が、もっと必要になったり、はたまた必要が少なくなったり、と言う変化は日常茶飯事。そう言う研究開始時には予見できなかった需要の変化にも柔軟に対応可、なところが素晴らしい。

 チリプロジェクト(今後しばらくは私的に略してチリプロ)、地球のほとんど真裏に行って、赤潮頻発海域に張り付いてその趨勢を生物学的にモニタリングし続けると言う、このフィールドの研究者にとっては夢に近い計画を含んでいます。
 このプロジェクト、たぶん新たな研究ネタがザクザク出てくる。
 思わぬ副産物も予想される。
 思わぬ発見、あるいは、数年後の漠然とした夢として描いていた研究が急に展開する可能性など、考え始めると、思わず口元が緩んで眼が宙を彷徨ってしまうような、そう言う可能性を含んだプロジェクト。

 なのですが、そう言う可能性を少しでも掘り下げよう、と言う展開は許されにくい予算でもあります。
 科研費だったら、当初の計画を多少変更して、科学的に意義深く興味深いポイントを掘り下げたりできるけど、受託研究費ではそうはいかない感じ。
 ここ1年間の手続きの連続で、見にしみました。

 この様な受託研究費を、塩水に例える人がいます。
 大型研究費をとって大喜び、しかし、これを使って研究を推進しようと思うと、実は色々と無理が出る。そこをなんとかカバーしようとして、別の受託研究費を申請・採択される。しかし受託研究費というのは、そもそも融通が効きにくいので、そこをなんとかカバーしようとして。。。。。のループ。
 そう、塩水を飲んだら喉が渇いて塩水を飲み続ける、の云いですね。

 考えて見たら、私がこれまでいただいたことがあるのは、科研費と企業財団からの寄付金。どちらとも、研究の進捗に柔軟に対応してくれるタイプの研究費です。こちらは真水のようなもの。必要なだけ飲めば良い、必要なだけしか欲しくならない。

 まあ、受託研究費を塩水=悪循環をトリガーするもの、というのは、さすがに言い過ぎです。大型で長期間の研究を安定してサポートしてくれる研究費としては、やはり受託研究費の方が一般的なわけで。
 しかし、これまで真水の存在しか知らなかった泡沫研究者としては、この受託研究費の仕組みとは色々驚きなのです。真水ならば泡もたつけど、あんまり塩がきつくなると泡もたたないのよ。。。。違うか

 つまりは、バランスが取れれば良いわけで。チリプロを進めながら、一方で十分量の(多分大量には要らない)真水の補給を計れば良いのでしょう。塩分だってとりすぎなければ必須なわけで、十分真水を補給すれば、より良いはず。

 というわけで、いまの気分は5年前あるいは7年前とほぼ変わらず。
 「必要な研究機器を購入するために、目を血走らせてカネの、いや、研究費の亡者状態、毎朝ラボについて最初の仕事は、コンピューターを立ち上げて、新しい研究助成金募集案内のチェック。いつもいつも研究助成金の申請書を書き続けておりました。
 に落ち着いています。
 いやはや、結局は同じところに戻ってきた。とはいえ、ラボが空っぽだったあの頃に比べれば、相当心強い状態になってきたのは確かです。
 
 
 


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